丸亀港から金毘羅街道を歩く|太助灯籠から中府一の鳥居へ【第2話】

体験記・紀行

江戸時代、多くの金毘羅参りの旅人が海を渡って讃岐へやってきた。

上方から金毘羅船に乗り、瀬戸内海を渡って丸亀港へ。
そこから城下町を抜け、陸路で金毘羅を目指したという。

前回、丸亀城と丸亀市立資料館を訪ねたことで、丸亀が単なる城下町ではなく、海の道と金毘羅街道がつながる場所だったことが見えてきた。

それなら、その道を実際に歩いてみたい。

今回は丸亀港を出発し、中府一の鳥居まで。
かつての旅人が歩いた金毘羅街道を、自分の足でたどってみる。

今回はJR丸亀駅から歩き始める。
駅を出ると、丸亀の観光案内板が目に入る。

丸亀駅前の「ようこそ丸亀へ」案内板

ここから北へ向かい、丸亀港を目指す。
途中には福島駐車場がある。車で訪れる場合は、ここを利用すると港周辺へアクセスしやすい。

丸亀港近くの福島駐車場

港へ出ると、金毘羅参りの旅人を迎えた太助灯籠が立っている。

丸亀港に立つ太助灯籠

江戸時代、海を渡って丸亀へ着いた旅人たちは、ここから城下町を抜けて金毘羅へ向かった。
今回の街道歩きも、ここをひとつの出発点にする。

太助灯籠を後にして歩き出すと、すぐ近くにみなと公園がある。

丸亀港に隣接するみなと公園

港の景色を眺めながら、ここから南へ。
丸亀の城下町を抜け、金毘羅街道をたどっていく。

みなと公園を抜け、丸亀港を振り返る。
現在の港は、江戸時代とは姿を変えている。
それでも、ここが金毘羅参りの旅人たちを迎えた場所だったことを示す痕跡が残っている。

金毘羅参詣の玄関口となった丸亀港

太助灯籠の近くには、金毘羅船と丸亀港について記された碑もある。

太助灯籠と金毘羅船を伝える碑

江戸時代後期になると金毘羅参りは盛んになり、上方から船で瀬戸内海を渡り、丸亀へ上陸する旅人も多かった。
丸亀市立資料館で見た『金毘羅参詣海陸記』にも、海路で丸亀へ渡り、そこから陸路で金毘羅へ向かう旅が描かれていた。

資料の中で見た旅の続きを、今度は自分の足でたどっていく。
丸亀港を後にして、城下町へ向かった。

港から南へ進み、丸亀駅周辺を越えていく。
やがて富屋町に入ると、「こんぴら街道」と書かれた表示が目に入った。

金毘羅街道が通る丸亀・富屋町

現在では商店や住宅が並ぶ市街地だが、この道もかつての金毘羅街道。
街道沿いには、今も古い町家が残っている。

街道沿いに残る古い町家

丸亀市立資料館で城下町の絵図を見たときには、城と港、町人町、街道がそれぞれ配置された「地図」として見えていた。
実際に歩いてみると、それらが一続きの空間だったことがよく分かる。

港から入った旅人が町を歩き、そのまま金毘羅へ向かう。
丸亀は城下町であると同時に、旅人が行き交う交通の町でもあった。

さらに南へ進むと、街道沿いに石灯籠が現れる。

140丁石灯籠だ。

城西町に残る140丁石灯籠。街道沿いの目印のひとつ
140丁石灯籠と、その先へ続く金毘羅街道

車で通り過ぎれば見落としてしまいそうな石造物だが、歩いていると自然と目に入る。

丁は、かつて使われていた距離の単位。
1丁はおよそ109mにあたる。

街道沿いの丁石や石灯籠は、金毘羅へ向かう旅人にとって、現在地や残りの道のりを知るための目印でもあった。
スマートフォンも地図アプリもない時代。
こうした石の目印を確認しながら、旅人たちは金毘羅を目指したのだろう。

さらに歩くと、今回の道中でも特に印象に残った石が現れた。

正面には、

「従是金毘羅町 百五拾丁」

と刻まれている。

「従是金毘羅町 百五拾丁」と刻まれた丁石

ここから金毘羅町まで150丁。単純に換算すると、およそ16kmになる。
丸亀港から金毘羅へ向かう道の距離が、石に刻まれて今も残っている。
資料館で「丸亀から金毘羅まで約150丁」と知ったときには数字でしかなかった。
けれど、その文字が刻まれた石を実際に目の前にすると意味が変わる。

ここから先に、本当に金毘羅へ続く道がある。
港から歩いてきたことで、海の道と陸の道がようやく一本につながった。

その先に現れるのが、中府一の鳥居

金毘羅街道に立つ中府一の鳥居

現在では住宅や道路に囲まれ、日常の町並みに溶け込んでいる。
けれど、金毘羅参りの道として見れば印象はまったく違う。

丸亀港から城下町を通り、ここまで歩いてきた。
鳥居の先には、さらに南へ金毘羅街道が続いている。
港から始まった旅が、ここでいよいよ「金毘羅へ向かう道」になったように感じた。

中府には、古い丁石とは別に、新しい石の道標も立っている。
平成になって整備された平成の丁石「五丁」

中府に立つ平成の丁石「五丁」

古い丁石や石灯籠を探しながら歩いていると、ところどころにこの新しい丁石が現れる。
今回の街道歩きでは、この平成の丁石も進んだ距離を教えてくれる目印になった。

五丁。

この先には二十丁、五十丁、七十丁と、さらに数字が続いていく。

丸亀港を出発したばかりの道は、まだ市街地の中にある。
しかし、この先へ進むにつれて町並みは少しずつ変わり、金毘羅街道らしい風景が見え始める。
次は、中府から柞原、一里屋、郡家を通り、与北へ向かう。


立ち寄りメモ

今回歩いた区間:丸亀駅 → 丸亀港 → 太助灯籠 → 富屋町 → 140丁石灯籠 → 中府一の鳥居 → 平成の丁石「五丁」
駐車場:車で訪れる場合は、丸亀港近くの福島駐車場が利用しやすい。
みなと公園:出発前の準備や、港周辺を歩く際の休憩ポイントとして使いやすい。
シューズ:今回はALTRA TORIN 8を使用。
この区間はほぼ舗装路なので、登山靴よりもクッション性のあるロード向けシューズが歩きやすいと感じた。
歩くときの注意:中府までは市街地が中心。旧街道は現在の生活道路と重なる場所も多いため、石灯籠や丁石を探す際は車や自転車の通行に注意したい。


次回予告 👉第3話:中府から与北へ。市街地を抜け、金毘羅街道らしい道へ

平成の丁石「二十丁」を越え、一里屋、郡家へ。
県道を歩く区間では交通量も多いが、与北へ近づくにつれて周囲の風景は少しずつ変わっていく。
現代の道路の中に残っていた金毘羅街道は、やがて田畑の間を通る静かな旧道へとつながっていく。


金毘羅街道を歩く
👉 第1話:丸亀城と金毘羅街道
👉 第2話:丸亀港から中府一の鳥居へ
👉 第3話:中府から与北へ
👉 第4話:与北から琴平・高灯籠へ
👉 街道はアルトラ トーリン8で歩く
街道マップ
金毘羅街道のルートは、丸亀市公式「金毘羅街道」の地図も参考になります。

関連記事

特集記事

PR
yamapico

四国在住。 登山とトレイルランニングを楽しみながら、 四国・瀬戸内の山や道を歩いています。このサイト「山旅日和」では、 無理なく、長く続けられる山旅をテーマに、 実体験をもとにしたフィールドガイドや 山と旅をつなぐ情報をまとめています。

PR

備中とと道トレイルラン2027
エントリー受付期間は、
2026年9月14日(月)~2026年12月27日(日)

WAKW ALPS TRAIL2027
エントリー受付期間は、
2026年9月6日(月)~2027年1月31日(土)

AWAJI ISLAND TRAIL
エントリー受付期間は、
2026年7月5日(日)~11月1日(日)

FORESTRAIL HIRUZEN-SHINJO
エントリー受付期間は、
2026年4月15日(水)~2026年9月30日(水)

千羽海崖トレイルランニングレース2027
エントリー受付期間は、
〜2027年1月12日(火)

第4回さめうらの郷湖畔トレイルレース
エントリー受付期間は、
2026年8月1日(金)〜9月20日(土)

ISHIZUCHI Trail Challenge 2026
エントリー受付期間は、
2026年7月3日(金)〜9月13日(日)

Hiroshima Ultra-Trail by UTMB® 2027
エントリー受付期間は、
優先エントリー:2026年8月18日(火)12:00〜
一般エントリー:2026年8月20日(木)〜

登山に必要な基本装備を見直そう!
おすすめ装備を紹介しています。
詳しくはこちらをクリック

世界に誇る高性能・高品質な
日本のアウトドアメーカーを紹介!
詳しくはこちらをクリック

PR
TOP
CLOSE